安心して死ねる事は安心して生きる事

今、日本では介護の現場が崩壊しようとしています。昨年の離職率が20%を超えているのです。その理由は3K(きつい、給料が安い、結婚できない)だからなんだそうです。

はっきり言って、介護の現場は介護士やヘルパーさんたちの「自己犠牲」の上に成り立っていると言っても過言ではないでしょう。

そんな環境の中にあっても、献身的に介護事業をされてる方もいるのです。彼女をそこまでさせる原動力は、一体何なのでしょうか?

元々彼女は普通の主婦でした。夫と子供に恵まれ、別の仕事を持ち、数千万は稼いでいたそうです。

順風満帆に見えた彼女の人生にも、少しずつ狂い始めます。ある心配事がきっかけで夜眠れなくなり、睡眠薬に頼るようになります。それでも寝れない彼女は次第に酒を飲むようになり、やがて離婚、一人ぼっちになってしまうのです。

失ってみて初めて解る幸せの意味。社会的地位やお金があっても、幸せではなかったことに気付いたのです。

やがて彼女は介護の仕事に就きます。そこで、「安心して死ねるからこそ、安心して生きることができる」ということに気付いたのです。

経験をつんだ彼女は、老人介護施設「なごみの里」を設立します。そこに入居したお年寄りは、「ここで最後を迎えたい」というほどです。

彼女の想いは、若いスタッフにも伝わり、また、講演を通して感動した若い人たちが、彼女に相談にきたりしています。

10年振りにあった実の娘も、人間として変わった母親を見てビックリしてるようでした。

自分の人生に振り回されることなく、介護を通して「死と向き合うことの大切さ」を知り、「安心して生きていける」環境を作ろうとするその姿。そんな無名の彼女を、私は讃えたいのです。


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「なぜ死んではいけないのか」



本日、私のブログにアクセスしてきた中に、「なぜ死んではいけないのか」と検索されていた方がいらっしゃいました。

私はその方の状況が解りませんので、どんなお悩みを抱え、どんな状況で生きてらっしゃるのかさえ解りません。

またこのブログを見て下さるのかどうかも解りませんが、もし見て下さるのならば私も真剣に、一緒に考えてみたいと思います。


実は私には「自殺未遂」の経験があります。芸能人窪塚洋介が飛び降り自殺を図った後ぐらいでした。その衝動は発作的に襲ってきたのです。マンションの6階にいた時、突然身を乗り出そうとしていました。

しかし、その時頭の中をよぎったのは、「今ここで飛び降りたら、残りの新聞誰が配るんだ?」でした。配達の途中だったのです。結局飛び降りることを止め、残りの新聞を配ったのですが、今でもその場所に来た時には、用心しています。

「飛び降り自殺」のニュースが流れると、必ず連鎖反応的に別の人がつられて自殺を図ります。迷ってる時にほかの人が決断したから、自分もその道を選んでしまうのでしょう。悲しいことです。

「なぜ死んではいけないのか?」

それはこの世であなたがやるべき「使命」がまだ残っているからです。「私の『使命』って何だ?」って思っているうちは、自殺してはいけません。なぜならあなたはまだ自分の使命を果たしていないからです。

この世に生まれてきたのはちゃんと理由があるのです。

その理由すら解らないのに、「死んでいいのか」判断できるはずがありません。

この世には「障害者の方」がいらっしゃいますよね。健常者の感覚だと、自殺してもおかしくありません。でも必死に生きてます。

癌や難病に侵された人もいます。でも彼ら(彼女ら)も1日でも生きようと必死です。

300万位の借金で自殺しようとした人がいました。でもその人は自殺する事を止めたのです。それは何故か?

止めた人には、「1億の借金があった」のです。しかし、彼は生きぬいて完済したのです。その話を聞いた300万の借金の人は、死ぬのが馬鹿らしくなったのでしょう。今、その人の会社で働いています。

あなたの目の前にある悩みは、今のあなたにとってはきっと大きな悩みでしょう。しかし、10年後のあなたにとって、まだ大きな悩みだと思いますか?あなたが小さい時抱えていた悩みって、もう解決していませんか?

「なぜ死んではいけないのか?」

という問いを発しなくても、「いずれ一度は死ななければならない」のです。いやでもいずれは死ぬんですから、今は生きて見ませんか?

あなたが苦しんできたことで、きっと同じ苦しみを味わってきた人の力になれるはずです。それは、あなたが生きていないと出来ないことなのです。



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「ママ、遅いよ!」


「命の大切さ」を語る時、この事件は忘れることができません。


幼い息子2人を自宅に閉じこめて1か月以上放置し、三男(当時1歳)を死なせたなどとして、殺人、死体遺棄、保護責任者遺棄の罪に問われた北海道苫小牧市無職山崎愛美(よしみ)被告(21)の判決が17日、札幌地裁室蘭支部であった。

 杉浦正樹裁判長は「(2人の)飢餓と苦痛は想像を絶し、卑劣、非情で残酷な犯行と言うほかない」として、懲役15年(求刑・懲役20年)を言い渡した。

 判決によると、山崎被告は、スナックで働きながら長男(当時3歳)と三男青空(そら)ちゃんの2人を育てていたが、男性との交際の邪魔になることや、世話をすることが疎ましく思い、部屋に放置して餓死させることを考えたのです。06年10月30日、2人を自宅に置き去りにして死なせようと決意。山崎被告はチャーハンを食べさせたあと、12月初旬まで交際相手の家に行ったままで2人を放置。1か月間以上あとに再び自宅の鍵を開けるまで、2人の幼子は飢えのなかで苦しんでいました。施錠して外出したまま12月4日まで戻らず、青空ちゃんを死亡させたのです。

■「ママ、遅いよ」と駆け寄った長男

生き延びた長男は生の米や生ゴミ、冷蔵庫にあったマヨネーズで飢えを凌いでいまし。2人とも「死んでいる」と思って自宅に帰った母親に、長男はそれでも、「ママ、遅いよ」と駆け寄ったのです。死んだ三男の口の中には、虫がいっぱい入っていました。長男は死んで腐敗した弟とずっと一緒にいたのです。

三男を餓死させた母親は、口の中に入っていた虫を取り、ガムテープを貼り、青空ちゃんの傷んだ遺体をかくそうとしました。

■自己中心的な母親

「あなたに逢えて、本当によかった(ハート)幸せ(ハート)愛してる(ハート)心から本当にそう思うよ(ハート)もぅ離さないでね」

これは子供達への言葉ではありません。交際相手の男性への言葉なのです。


子供を殺した母親を愛してくれる男性がいるのでしょうか?そして、この子はどんな思いで大人へなっていくのでしょうか?どうかこれからこの子に携わる大人達が、彼に同苦し、彼に愛情を注いで欲しいものです。

そういえば、紛争が起きている地域では、「親を殺された子供達が、親を殺した相手についていかなければ生きていけない」という現実があります。それほど子供は無力なのです。大人のエゴの犠牲にすべきではありません。

子供達には誰も想像できない未来が待っているのですから。
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死んだら負け、生きてたら勝ち


新学期を迎えて 友人づくりは焦らずに


 子どもたち、ついに新学期が始まりましたね。中学や高校に進学した子どもたちは、新しい学校で新たな3年間を迎えることになりますね。進級した子どもたちも、新しいクラスで新しいメンバーで1年をはじめることになります。ほとんどの子どもたちは、たくさんの期待でこころがいっぱいだと思います。新しい先生たちとの出会い、新しい友だちとの出会い…。中には、ちょっと不安を抱えている人もいるかもしれません。

 私は、教員時代、新学期がとっても好きでした。どんな子どもたちとの出会いがあるのか、またどんな新しい先生がたとの出会いがあるのか。いつも、1年の中で最もこころがはずむ時でした。

 子どもたち、特に昨年度いじめに苦しんだり、学校に通えなくてつらかった子どもたちにとっては、新学期は、希望の時だと思います。新しい仲間や先生と新しい学校生活を、楽しい幸せな学校生活をはじめることができるのではないか。そう夢を持っている子どもたちも多いと思います。私のかかわっている数多くの、いじめや不登校に苦しむ子どもたちも、この新学期を待っていました。やり直しの復活のきっかけとしようと。

 新学期を迎える子どもたちに、私から忠告があります。春は、こころがとても活発になる季節です。また、新しい出会いは、何か人のこころをはずませます。そして、どうしても活発に動いてしまいます。この理由は、わかります。長い寒い冬の間、家や部屋に閉じこもっていることが多かったのですから、春になれば飛び回りたくなる。無理ありません。

 特に、いじめや不登校の経験のある子どもたちほど、新しい環境で活発に動きたくなります。新しい部活に入り、クラスでは委員を引き受け、できるだけ多くの友だちをそれもできるだけ早くつくろうとする。そして、焦りすぎ自らつぶれていってしまう。私は、高校の教員時代、このような子どもたちを多く見てきました。

 子どもたち、寒さでかじかんだからだを急に動かしたらどうなりますか。からだがぼろぼろになってしまいます。きちんとゆっくりからだを慣らさなくてはなりません。新学期の君たちも同じです。特にいじめや不登校で苦しんだ子どもたち、無理はしないこと。まずは、日々学校に通いながら、先生やクラスの仲間たちの話をゆっくり聞いてごらん。時にうなずき、時に哀(かな)しい顔で。ただし、毎日だれかに優しさを配りながら。クラスや人のために何かをしながら。そして、待ってごらん。必ず、君の周りに本当の優しさを持ったこころの友人が集まります。

-------------------------------(中日新聞2008年4月7日)---------------------

水谷先生のすごいところは、「自殺を防げなかったのは自分のせい」と背負い込みながらも人を励まし続けていることです。しかも病気の体で・・・。

私もある人からのコメントをいただきまして、苦しんでいます。自分のブログも開けない状態です。服用は続けてますが、向き合おうとすればするほど、苦しくなるのです。

「自殺しようとする人を助ける」のはものすごいエネルギーが必要です。私自身もここ3年位、「死んだら負け、生きてたら勝ち」と自分に言い聞かせてきました。高いところにも近寄ろうともしませんでした。発作が起きてからでは遅いからです。

私がどんな想いで「死と格闘してきた」かは誰も解らないでしょう。詳しくは気持ちの整理が出来てから改めて書きますが、自分が苦しんでいるからこそ、誰にも自殺はして欲しくないのです。

病気そのものが苦しいのではありません。「理解してくれない周りの人の言葉に苦しめられている」のです。水谷先生が救えなかった子供達もきっと同じ想いだったに違いありません。

「死んだらすべてが終わり」なのです。
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人生の金メダリスト


9月6日から障害者スポーツの祭典、パラリンピックが開催されます。その走り高飛び代表で、世界でも3人しかいない「2メートルジャンパー」の鈴木徹さんを紹介します。

彼は中学・高校時代はハンドボール一筋で、大学推薦も決まっていたのですが、高校卒業前に事故により、右足のひざ下11センチから切断することになったそうです。

義足を付けたのですが、軽く走れるようになるまで1年かかったそうです。彼は前向きでした。

『もちろん周りの支えが大きな力になりました。でも、僕は何事も「自分のやる気次第」だと思ってるんです。どんなに周りが励ましても、本人が沈んでいたら道は開けない。人生を良くするのも悪くするのも自分次第。環境は自分が作るものだと思います』

という言葉に彼の生き様のすべてが語られていると思います。

彼の記録が伸びたのは、師匠である福間先生のおかげでした。かれの指導法は、基礎を繰り返す地味なものでした。「自分がもともと持っている動きをしなさい」とアドバイスをしたのです。

自分らしさを取り戻した鈴木さんは、2メートルを飛べるようになったのです。

さらに鈴木さんは、障害者スポーツの普及のためにイベントに出られたり講演もされてます。人前で話すのは苦手な事だそうですが、それが人の為になるのならと、挑戦されているのです。

『ともかく自分の力を出し切りたい。自分が力を出し切ってどこまでいけるか、ということが知りたいんです。

可能性が1%でもあれば、挑戦すべきです。夢は「持ち続ける人」「最後まで挑戦し続ける人」がつかむことができると信じています』


健常者の私でも2メートルははるかに及びません。人生に困難があってもそれに負けることなく、挑戦を続ける鈴木さんこそ「庶民の王者」と呼ぶに相応しいと思います。

彼から学ぶべき事は、いっぱいあるのです。
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庶民の王者:特別編


以前、コメントを頂いた方へのご返事が全くできず、申し訳ございませんでした。
遅くなりましたが、改めてご返事させて頂きたく存知ます。

■『"この世には「障害者の方」がいらっしゃいますよね。健常者の感覚だと、自殺してもおかしくありません。でも必死に生きてます。" と書かれていますが、どういう意味でしょうか? 私も子供も障害を持っていますが、まわりの健常者の人には自殺しておかしくないほど不幸に見えるのでしょうか? かわいそうだけど頑張っている人達と思われているんですか? 「なぜ死んではいけないのか?」の答えを探している人が障害者だったら、あなたの言葉にどれほど傷つくでしょうか。』

▽まさにおっしゃる通りです。安易な表現というか言葉足らずというか、いずれにせよ、不適切な表現であったことを、改めてお詫び申し上げます。「もし自分が障害者になったら、自殺してしまうだろう」という気持ちがあって、あんな表現になってしまいました。

しかし、私は他に障害者を馬鹿にするような書き込みはしていません(今回のは確かに表現が悪かったです)。むしろ「畏敬の念」さえ持ってます。

障害者と言われる方のほうが「心がまっすぐ」だと思っています。むしろ、「健常者の方が心が歪んだ『心の障害者』」と言いたくなる人がいますよね。例えば、不正を働く政治家や教育者や警察官などです。


いずれにせよ、障害者だろうと健常者だろうと、「自殺はして欲しくない」というのが私の本心なのです。それは私自身の病気からきています。発作を起こすと、弾みで自殺してもおかしくないので、ここ4年位、あの日飛び降りそうになった日以来、「死んだら負け、生きてたら勝ち」と自分に言い聞かせてきました。

すこしでも高いところには行かない様にしています。そうやって自殺しないように努力していたところに

■『定義を調べたわけではありませんが、 自殺未遂」というのは自殺を図ったけど助かった場合だと思います。  もしあなたが、飛び降りたけど、助かっていたら自殺未遂」と言うのではないですか? 「自殺の衝動に駆られた」り、落ちない程度に身を乗り出すことを自殺未遂とは言いません。  死を考えているかも知れない人を励ましたかったのかもしれませんが、 安易な言葉かけは逆効果の場合も多いです。』

とのコメントが入りました。これで私の苦しみの日々が続きました。薬も多く、強くしてもらいましたが、それでも苦しんでいます。

改めて伺います。「私は飛び降りなきゃいけなかったのですか?飛び降りて助からなきゃ『自殺未遂』といえないのですか?」

6階から飛び降りれば間違いなく即死です。「未遂」なんて不可能です。自殺との葛藤の中で、やっとの思いで思いとどまった人間が他の人に「自殺するな」というのが「そんなに安易な言葉かけ」なのですか?

今回のが、「私が今まで言われた言葉の中で一番酷い」です。私の生活環境の中にいる人でなくて良かったと心底思いました。


今回のは特別です。明日より、本来の「庶民の王者 偉人伝」に戻します。なお、今後も「不適切な表現があった場合はご指摘下さい」ませ。間違っているものは訂正しなければいけませんので。但し、今後も私の考え方が色濃く出るであろうことはご了承願います。
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顔面540針、後遺症抱えても笑顔の舞

 22日の北京五輪シンクロナイズド・スイミングのテクニカルルーティン(TR)で4位に入った日本チーム。水中で舞う8人の中に、交通事故の後遺症を抱えながら競技に打ち込んできた選手の姿があった。<石黒由美子>さん(24歳)。

彼女が事故に遭ったのは名古屋市内の小学2年だった91年10月3日。母、和美さんと車で帰宅する途中でした。エンジンを止め、停車していたところへ、突然暴走する自動車が突っ込んできたのです。激しい衝撃で、石黒さんの上半身はフロントガラスを突き破り、再び座席へと叩きつけたれたのです。

「由美子は血が流れて気を失った。救急車も受け入れ先をすぐ見つけられず、どうなることかと思った」と和美さん。顔面を540針、口の中だけでも260針を縫う重症。 視力と聴力に障害がのこり、足も骨折・・・命が助かったことが不思議だったのです。

医師の言葉は「顔面の神経がズタズタです。もう、笑うことはできないでしょう」

ある日、彼女はシンクロナイズド・スイミングと出会いました。網膜はく離や顔面まひの後遺症があり、一度は障害児と認定されたほどです。とてもスポーツなんかできる体ではなかったはずです。

「シンクロがやりたい!」

リハビリを兼ねて翌92年にシンクロを始めました。みんなのように体が動かないので、離れたところでぽつんと練習していました。

母にも忘れられない思いがあるそうです。娘の小学校に授業参観に訪れた時でした。

 「おーい、フランケン」

娘をこう呼んだ同級生に詰め寄ろうと思った瞬間、「なーに」と娘は明るく答えた。「本当に強くて明るくて素直な子。事故の恨み言も一切言わない。元気なのが救いだった」と母は振り返る。石黒さんは壮行会など人前に出る時は、今も笑みを絶やしません。

 競技のシンクロはみるみる成績を伸ばしました。小学校高学年の部で全国5位。07年夏、スイスオープンのソロで優勝しました。年末になって初めて日本代表に加わったのです。「誰も私が入るとは思わなかったでしょう」。ここでも会心の笑みを見せたのです。

後遺症はほとんどなくなりましたが、今も左目は完全には閉じません。石黒さん曰く

「私が頑張れば、障害や病と闘う人たちの希望になる。それが私の使命だ!!」

その雄姿は、この日誕生日を迎えた母ら家族が見守る日本へ、そして世界へ発信されたのでした。

彼女の人生を「奇跡」と呼ばずして、他にどんな言葉があるのでしょうか?「不可能を可能にした」のです。そしてそれをもたらしたのは、彼女の人一倍の努力の賜物なのです。

「庶民の王者」、偉人がまた一人いらっしゃいました。

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400メートルリレーで銅メダルが取れた理由

今回は本の紹介をします。

北京オリンピックで、男子400メートルリレーで、見事に銅メダルを獲得しましたよね。何故だと思いますか?

もちろん、アメリカイギリスなどが予選落ちした、と言ってしまえばそれまでなのですが、バトンの正確な受け渡しができるかどうかも、リレーの大事な要素なのです。

この本は400mリレーに賭けるアスリートたちを世界陸上2007から北京オリンピックまで取材し、その選手たちのドラマを書き下ろしたものです。

『100m10秒を切れない選手が100mを4人でバトンを継げば、平均して10秒を切ることができる』

この技術こそが、銅メダルを取れた最大の要因なのです。

詳細は、本を読まれてみて下さい。


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「現地行かなければ何も始まらない」

伊藤さん入会動機全文
アフガン邦人拉致
 ペシャワール会は27日、伊藤和也さんが2003年6月に書いたペシャワール会への入会動機を記した文章を公表した。全文は次の通り。

           ◇

 私がワーカーを志望した動機は、アフガニスタンに行き、私ができることをやりたい、そう思ったからです。

 私が、アフガニスタンという国を知ったのは、2001年の9・11同時多発テロに対するアメリカの報復爆撃によってです。

 その時まで、周辺国であるパキスタンやイランといった国は知っているのに、アフガニスタンという国を全く知りませんでした。

 「アフガニスタンは、忘れさられた国である」

 この言葉は、私がペシャワール会を知る前から入会している「カレーズの会」の理事長であり、アフガニスタン人でもある医師のレシャード・カレッド先生が言われたことです。今ならうなずけます。

 私がなぜアフガニスタンに関心を持つようになったのか。

 それは、アフガニスタンの復興に関係するニュースが流れている時に見た農業支援という言葉からです。

 このこと以降、アフガニスタンに対しての興味を持ち、「風の学校」の設立者である中田正一先生の番組、偶然新聞で見つけたカレーズの会の活動、そして、カレーズの会の活動に参加している時に見せてもらったペシャワール会の会報とその活動をテーマにしたマンガ、それらを通して現地にいきたい気持ちが、強くなりました。

 私は、関心がないことには、まったくと言っていいほど反応しない性格です。

 反応したとしても、すぐに、忘れてしまうか、流してしまいます。その反面、関心を持ったことはとことんやってみたい、やらなければ気がすまないといった面があり、今回は、後者です。

 私の現在の力量を判断すると、語学は、はっきりいってダメです。農業の分野に関しても、経験・知識ともに不足していることは否定できません。ただ私は、現地の人たちと一緒に成長していきたいと考えています。

 私が目指していること、アフガニスタンを本来あるべき緑豊かな国に、戻すことをお手伝いしたいということです。これは2年や3年で出来ることではありません。

 子どもたちが将来、食料のことで困ることのない環境に少しでも近づけることができるよう、力になれればと考えています。

 甘い考えかもしれないし、行ったとしても現地の厳しい環境に耐えられるのかどうかもわかりません。

 しかし、現地に行かなければ、何も始まらない。

 そう考えて、今回、日本人ワーカーを希望しました。

 2003年6月15日

-------------------(2008年8月28日01時31分 読売新聞)----------------------

口先だけなら誰でも何とでも言えます。しかし、安全な日本ですらボランティア活動ができない人が多いのに、まさに「命がけで善意の行動をしていた」伊藤和也さんは、「菩薩・仏」と呼んで恥じないのではないでしょうか?

何故なら菩薩とは、「皆が幸せになるまでは自分は成仏しない」と請願を立てた、と仏典では説かれているからです。

それにしても、悪人は生き延びるのに、善人は不慮の死を遂げなければいけないなんて、理不尽すぎませんか?

伊藤和也さんのご冥福をお祈りするとともに、間違いなく来世では、裕福な人生を送れる人として生まれ変わってくることと、私は確信しております。

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