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「結論ありき」のデマ


以下の文、ネット上で議論(と呼べるレベルではないが)されているものを紹介します。
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『・創価学会の池田大作名誉会長が、中国の温家宝首相と会談した際にした発言が
 波紋を呼んでいる。

 池田名誉会長は12日、都内のホテルで温首相と30分にわたり会談。
 冒頭がマスコミに公開され、池田氏は「閣下、光栄です。うれしいです。政治家ではなくて  庶民の王者と会ってくださ・・・」などと温首相に対して語った。池田氏が要人と会談する  様子をマスコミに公開するのは異例。しかし、この「庶民の王者と会ってくださ・・・」の  末尾が聞き取りにくかったことから、話題を呼んでいる。

 テレビ朝日系のANNニュースは、池田氏の発言いついて次のようにテロップを入れた。  「光栄です うれしいです。政治家ではなく、庶民の味方である私と会っていただいて」  テレ朝の担当者には「嬉しいです。庶民の王者(である私)に会ってくださって」と聞こえ、  それを「庶民の味方」と意訳したようだ。
 これが発端となったのか、ネット上では「嬉しいです。庶民の王者(である私)に会って  くださって」と池田氏が発言したとの見方が広がった。

 しかし、聖教新聞をはじめ、多くのメディアは「うれしいです。庶民の王者に会ってください」  と記しており、「ください」と発言した、としている。
 創価学会広報室は「聞き取りにくかったかもしれませんが、あの発言は『(庶民の王者と)  会ってください』と温首相にお願いしたものです」といい、池田氏が自身を「庶民の王者」と  述べたとする見方を全面否定した。ANNのテロップについても「正確でない」と述べた。

 では「庶民の王者」とは一体誰のことなのか?
 「それは本人に聞かないと分からないですね〜。あれから、私も誰だろうと考えているん  ですけど・・・。誰かいるんでしょうかね」(一部略) 』

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今回の問題点は

1.「聞き取りにくかった末尾」を推測している
2.「聞き取りにくかった末尾」を推測したものに対して批評をしている
3.「聞き取りにくかった末尾」の批評が断定になっている


ことです。確実に調べもせずに、推測で断定し、記事にすることを「デマ」というのです。

それが解ってて掲載するのであれば、「デマ新聞」「デマ週刊誌」「デマブログ」などと最初から明記すべきです。

上記文はまだ良心的と言えます。何故なら疑問系で終わっているからです。多少は「マスコミとしての良心」が残ってるのでしょう。

ブログの中には「庶民の王者」=「池田大作」と断定し、「池田大作はキチガイ」とまで書いているものもあります。

ネットで殺人予告をすれば、犯罪ですよね。匿名でも調べればすぐに誰だか解ってしまいます。
「キチガイ呼ばわりした某氏」は、法廷の場で「池田大作氏がキチガイである」と証明できるのでしょうか?

もしそれが証明できなければ、そう書き込んだ本人が「私がキチガイでした」と法廷で証言するつもりなのでしょうか?

もしかしたら、「自分の発言にはそれ相応の責任が伴う」ことすら知らない程度の人間の書き込みなのかも知れません。

自分の器をネットで世界に発信した事に気付いてないのです。
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子供を苦しめる大人のため息

チャンスはいっぱい 自ら動いて探そう


 私は、いつも、町を歩いたり電車に乗ったりしているときに、子どもたちのことを見つめています。そして、このごろ気になっていることがあります。

 それは、何か気力を失い、ぼおっとしている子どもたちが多くなっていることです。目は、何を見るでもなくうつろで、耳も何か美しい音を探そうというふうにそばだてず、肩からは力が抜け、何か疲れ果てて空(うつ)ろな子どもたちの姿ばかりが目に入ります。哀(かな)しいことです。

 子どもたち、君はどうですか。昨日1日を思い出してください。いくつ美しいものを見つけましたか。いくつ美しい音を聞きましたか。からだを動かし何かを人のためにしましたか。

 子どもたち、お願いがあります。今すぐに自分の周りを見回してください。そして、何か興味を引くもの美しいものを10個探してみて、目の前に置いてみてください。それが済んだら、もうひとつお願いです。耳を澄ましてください。そして、自分の周りのいろいろな音を、注意深く聞き分けてください。人の声、車の音、音楽、足音…。いくつの音を見つけましたか。さて、それでは最後にもうひとつお願いです。君の周りにあるものを、1つまた1つと触ってみてください。温かいもの、冷たいもの、固いもの、柔らかいもの…。

 子どもたち、人は、日々、1つの人生を生きています。目覚め、それは生、そして、1日を生き抜き、そして夜眠る。これは、ある意味での死です。これを繰り返しながら、人生をつくっていきます。必ず誰にでも訪れる死に向かって。

 子どもたち、人が本当に生きるということは、動くことです。何かを、その時々に見抜き、そして聞き分け、触れあい、別れ、何かをすることです。ただ、何もせず、ぼおっと日々を過ごすことは、寝ていることと同じ、ある意味で死んでいることと同じではないですか。

 子どもたち、空気は私たち人間にとって生きるために必要不可欠なものです。でも、いつも周りに必ずあるのに、感じることはありません。この大切な空気をどうしたら感じることができますか。簡単です。手を動かせばいいんです。

 美しいものも、優しさも、明日へのさまざまなチャンスも、希望も、実は、君たちの周りに数え切れないほどあります。でも、今多くの子どもたちが、これを、自分から動いて探そうとしていません。哀しいです。

 見よう、多くのものを。たくさんの美しさが君の前に。聞こう、多くの音を。たくさんの素敵(すてき)なこころ安らぐ音が君たちの元に。求めよう、優しさを。多くの明日への優しさが君の元に。子どもたち、生きるということは、求めるということ。求めるということは、自ら動くということです。動こう、明日へのために。

--------------------------------(中日新聞2008年3月31日)-------------------

「生きる希望を失った子」「何をしていいのか解らない子」「何もしようとしない子」そういう子供達に多く会ってきたのでしょう。水谷先生はその子達への具体的な解決法を教えていますね。

どうか子供達も、命を削って「同苦してくれてる水谷先生の気持ち」を解って欲しいし、そんな子供達が回りにいるのを知ってる大人達は、このメッセージを子供達に届けて欲しいです。

夢と希望を失った大人達のため息が、子供達の心を閉ざすのだと思います。そして、笑顔を失った子供達の姿を見て、さらに大人達はため息をつくのでしょう。

大人達から変わらなければいけないのです。


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安心して死ねる事は安心して生きる事

今、日本では介護の現場が崩壊しようとしています。昨年の離職率が20%を超えているのです。その理由は3K(きつい、給料が安い、結婚できない)だからなんだそうです。

はっきり言って、介護の現場は介護士やヘルパーさんたちの「自己犠牲」の上に成り立っていると言っても過言ではないでしょう。

そんな環境の中にあっても、献身的に介護事業をされてる方もいるのです。彼女をそこまでさせる原動力は、一体何なのでしょうか?

元々彼女は普通の主婦でした。夫と子供に恵まれ、別の仕事を持ち、数千万は稼いでいたそうです。

順風満帆に見えた彼女の人生にも、少しずつ狂い始めます。ある心配事がきっかけで夜眠れなくなり、睡眠薬に頼るようになります。それでも寝れない彼女は次第に酒を飲むようになり、やがて離婚一人ぼっちになってしまうのです。

失ってみて初めて解る幸せの意味。社会的地位やお金があっても、幸せではなかったことに気付いたのです。

やがて彼女は介護の仕事に就きます。そこで、「安心して死ねるからこそ、安心して生きることができる」ということに気付いたのです。

経験をつんだ彼女は、老人介護施設「なごみの里」を設立します。そこに入居したお年寄りは、「ここで最後を迎えたい」というほどです。

彼女の想いは、若いスタッフにも伝わり、また、講演を通して感動した若い人たちが、彼女に相談にきたりしています。

10年振りにあった実の娘も、人間として変わった母親を見てビックリしてるようでした。

自分の人生に振り回されることなく、介護を通して「死と向き合うことの大切さ」を知り、「安心して生きていける」環境を作ろうとするその姿。そんな無名の彼女を、私は讃えたいのです。


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posted by 一支国 | Comment(2) | 命の尊さ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする


「なぜ死んではいけないのか」



本日、私のブログにアクセスしてきた中に、「なぜ死んではいけないのか」と検索されていた方がいらっしゃいました。

私はその方の状況が解りませんので、どんなお悩みを抱え、どんな状況で生きてらっしゃるのかさえ解りません。

またこのブログを見て下さるのかどうかも解りませんが、もし見て下さるのならば私も真剣に、一緒に考えてみたいと思います。


実は私には「自殺未遂」の経験があります。芸能人窪塚洋介が飛び降り自殺を図った後ぐらいでした。その衝動は発作的に襲ってきたのです。マンションの6階にいた時、突然身を乗り出そうとしていました。

しかし、その時頭の中をよぎったのは、「今ここで飛び降りたら、残りの新聞誰が配るんだ?」でした。配達の途中だったのです。結局飛び降りることを止め、残りの新聞を配ったのですが、今でもその場所に来た時には、用心しています。

「飛び降り自殺」のニュースが流れると、必ず連鎖反応的に別の人がつられて自殺を図ります。迷ってる時にほかの人が決断したから、自分もその道を選んでしまうのでしょう。悲しいことです。

「なぜ死んではいけないのか?」

それはこの世であなたがやるべき「使命」がまだ残っているからです。「私の『使命』って何だ?」って思っているうちは、自殺してはいけません。なぜならあなたはまだ自分の使命を果たしていないからです。

この世に生まれてきたのはちゃんと理由があるのです。

その理由すら解らないのに、「死んでいいのか」判断できるはずがありません。

この世には「障害者の方」がいらっしゃいますよね。健常者の感覚だと、自殺してもおかしくありません。でも必死に生きてます。

癌や難病に侵された人もいます。でも彼ら(彼女ら)も1日でも生きようと必死です。

300万位の借金で自殺しようとした人がいました。でもその人は自殺する事を止めたのです。それは何故か?

止めた人には、「1億の借金があった」のです。しかし、彼は生きぬいて完済したのです。その話を聞いた300万の借金の人は、死ぬのが馬鹿らしくなったのでしょう。今、その人の会社で働いています。

あなたの目の前にある悩みは、今のあなたにとってはきっと大きな悩みでしょう。しかし、10年後のあなたにとって、まだ大きな悩みだと思いますか?あなたが小さい時抱えていた悩みって、もう解決していませんか?

「なぜ死んではいけないのか?」

という問いを発しなくても、「いずれ一度は死ななければならない」のです。いやでもいずれは死ぬんですから、今は生きて見ませんか?

あなたが苦しんできたことで、きっと同じ苦しみを味わってきた人の力になれるはずです。それは、あなたが生きていないと出来ないことなのです。



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「ママ、遅いよ!」


「命の大切さ」を語る時、この事件は忘れることができません。


幼い息子2人を自宅に閉じこめて1か月以上放置し、三男(当時1歳)を死なせたなどとして、殺人、死体遺棄、保護責任者遺棄の罪に問われた北海道苫小牧市無職山崎愛美(よしみ)被告(21)の判決が17日、札幌地裁室蘭支部であった。

 杉浦正樹裁判長は「(2人の)飢餓と苦痛は想像を絶し、卑劣、非情で残酷な犯行と言うほかない」として、懲役15年(求刑・懲役20年)を言い渡した。

 判決によると、山崎被告は、スナックで働きながら長男(当時3歳)と三男青空(そら)ちゃんの2人を育てていたが、男性との交際の邪魔になることや、世話をすることが疎ましく思い、部屋に放置して餓死させることを考えたのです。06年10月30日、2人を自宅に置き去りにして死なせようと決意。山崎被告はチャーハンを食べさせたあと、12月初旬まで交際相手の家に行ったままで2人を放置。1か月間以上あとに再び自宅の鍵を開けるまで、2人の幼子は飢えのなかで苦しんでいました。施錠して外出したまま12月4日まで戻らず、青空ちゃんを死亡させたのです。

■「ママ、遅いよ」と駆け寄った長男

生き延びた長男は生の米や生ゴミ、冷蔵庫にあったマヨネーズで飢えを凌いでいまし。2人とも「死んでいる」と思って自宅に帰った母親に、長男はそれでも、「ママ、遅いよ」と駆け寄ったのです。死んだ三男の口の中には、虫がいっぱい入っていました。長男は死んで腐敗した弟とずっと一緒にいたのです。

三男を餓死させた母親は、口の中に入っていた虫を取り、ガムテープを貼り、青空ちゃんの傷んだ遺体をかくそうとしました。

■自己中心的な母親

「あなたに逢えて、本当によかった(ハート)幸せ(ハート)愛してる(ハート)心から本当にそう思うよ(ハート)もぅ離さないでね」

これは子供達への言葉ではありません。交際相手の男性への言葉なのです。


子供を殺した母親を愛してくれる男性がいるのでしょうか?そして、この子はどんな思いで大人へなっていくのでしょうか?どうかこれからこの子に携わる大人達が、彼に同苦し、彼に愛情を注いで欲しいものです。

そういえば、紛争が起きている地域では、「親を殺された子供達が、親を殺した相手についていかなければ生きていけない」という現実があります。それほど子供は無力なのです。大人のエゴの犠牲にすべきではありません。

子供達には誰も想像できない未来が待っているのですから。
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死んだら負け、生きてたら勝ち


新学期を迎えて 友人づくりは焦らずに


 子どもたち、ついに新学期が始まりましたね。中学や高校に進学した子どもたちは、新しい学校で新たな3年間を迎えることになりますね。進級した子どもたちも、新しいクラスで新しいメンバーで1年をはじめることになります。ほとんどの子どもたちは、たくさんの期待でこころがいっぱいだと思います。新しい先生たちとの出会い、新しい友だちとの出会い…。中には、ちょっと不安を抱えている人もいるかもしれません。

 私は、教員時代、新学期がとっても好きでした。どんな子どもたちとの出会いがあるのか、またどんな新しい先生がたとの出会いがあるのか。いつも、1年の中で最もこころがはずむ時でした。

 子どもたち、特に昨年度いじめに苦しんだり、学校に通えなくてつらかった子どもたちにとっては、新学期は、希望の時だと思います。新しい仲間や先生と新しい学校生活を、楽しい幸せな学校生活をはじめることができるのではないか。そう夢を持っている子どもたちも多いと思います。私のかかわっている数多くの、いじめや不登校に苦しむ子どもたちも、この新学期を待っていました。やり直しの復活のきっかけとしようと。

 新学期を迎える子どもたちに、私から忠告があります。春は、こころがとても活発になる季節です。また、新しい出会いは、何か人のこころをはずませます。そして、どうしても活発に動いてしまいます。この理由は、わかります。長い寒い冬の間、家や部屋に閉じこもっていることが多かったのですから、春になれば飛び回りたくなる。無理ありません。

 特に、いじめや不登校の経験のある子どもたちほど、新しい環境で活発に動きたくなります。新しい部活に入り、クラスでは委員を引き受け、できるだけ多くの友だちをそれもできるだけ早くつくろうとする。そして、焦りすぎ自らつぶれていってしまう。私は、高校の教員時代、このような子どもたちを多く見てきました。

 子どもたち、寒さでかじかんだからだを急に動かしたらどうなりますか。からだがぼろぼろになってしまいます。きちんとゆっくりからだを慣らさなくてはなりません。新学期の君たちも同じです。特にいじめや不登校で苦しんだ子どもたち、無理はしないこと。まずは、日々学校に通いながら、先生やクラスの仲間たちの話をゆっくり聞いてごらん。時にうなずき、時に哀(かな)しい顔で。ただし、毎日だれかに優しさを配りながら。クラスや人のために何かをしながら。そして、待ってごらん。必ず、君の周りに本当の優しさを持ったこころの友人が集まります。

-------------------------------(中日新聞2008年4月7日)---------------------

水谷先生のすごいところは、「自殺を防げなかったのは自分のせい」と背負い込みながらも人を励まし続けていることです。しかも病気の体で・・・。

私もある人からのコメントをいただきまして、苦しんでいます。自分のブログも開けない状態です。服用は続けてますが、向き合おうとすればするほど、苦しくなるのです。

「自殺しようとする人を助ける」のはものすごいエネルギーが必要です。私自身もここ3年位、「死んだら負け、生きてたら勝ち」と自分に言い聞かせてきました。高いところにも近寄ろうともしませんでした。発作が起きてからでは遅いからです。

私がどんな想いで「死と格闘してきた」かは誰も解らないでしょう。詳しくは気持ちの整理が出来てから改めて書きますが、自分が苦しんでいるからこそ、誰にも自殺はして欲しくないのです。

病気そのものが苦しいのではありません。「理解してくれない周りの人の言葉に苦しめられている」のです。水谷先生が救えなかった子供達もきっと同じ想いだったに違いありません。

「死んだらすべてが終わり」なのです。
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成長が止まったダメ親


良い教員とは 「ごめんね」と言おう


 子どもたち、私の元には、たくさんの教員を目指す若者たちから質問が来ます。その多くは、どうしたら良い教員になれますかという問いです。私は、必ずこう答えます。良い教員になりたかったら、子どもたちから学ぶことです。子どもたちの求めている教員となることが、良い教員になることです。

 またもうひとつ、「ごめんね」を言えない教員になったら、教職を去ることです。どんな素晴らしい教員でも、たくさんの間違いは犯します。その時々にきちんと謝ることのできない教員は、子どもたちを傷つける教員です。そんな教員にはならないでくださいと。

 子どもたち、私は「夜回り先生」になる前は、もう17年前ですが、横浜市のなかなか有名な受験校で社会科の教員をしていました。そのころは、それなりに受験教育に取り組み、それなりに有名な教員でした。でも、一人の定時制高校に勤める友人との喧嘩(けんか)で、私は、定時制高校に異動しました。彼は、私にこう言いました。「水谷、お前はいいさ。優秀な生徒相手に、それはいい授業ができるだろう。でも、俺(おれ)は…。何のために高校に来ているのかわからない、学ぼうともしない生徒相手に何ができる」

 私は、叱(しか)りました。「それは、私たち、大人がそうしてしまったんだ。どんな子が、生まれたときに、親を泣かせよう悪さをしよう、誰かをいじめてやろう、人のものを取ってやれ、人を傷つけてやれ、人を殺してやれ、からだを売ってやれ、薬物を使ってやれと考えて生まれてくる? そんな子はいないだろう。どんな子も、一生懸命立とう、目を開けようとしながら、お父さんお母さん、大人たち、幸せになりたい。幸せにしてねって、真っ白なこころで目を輝かせて生まれてくるんじゃないかい。だれが、そんな子どもたちを腐らせたんだい。私たち大人だろう。そんな子どもたちを生き返らすのが、私たち教員の仕事じゃないかい」

 彼は、言いました。「やってもいないお前に、言われたくないね」。この一言で、私の人生は変わりました。私は、定時制高校に、次の春異動しました。

 定時制高校の子どもたちは、私の最高の先生であり、生徒でした。私にとって、教員として一番大切だったことは、子どもたちを笑顔にすることでした。また、直接かかわる子どもたちが、必要とする求められる教員となることでした。成功ばかりしていたわけではありません。生徒を傷つけてしまったこともたくさんあります。そのたびに、子どもたちに「ごめんね」を言い続けてきました。「ごめんね」の数だけ、こころがきれいになり、多くの仲間を手に入れました。「ごめんね」、私の最も好きなことばの一つです。
----------------------------(中日新聞2008年4月21日)-----------------------

水谷先生がなぜ「夜回り先生」になったのか、そのきっかけを語られていますね。

今、自分のことで精一杯の大人が多すぎますね。自分の子供のことすら気にかけれない、というより自分のことすら面倒みれないのでしょう。

そんな大人達が他人を傷つけ、子供を傷つけ、最終的には自分も傷つけてしまうのです。

最近、家族間での犯罪が増えていますよね。子供のためではなく、自分がよく思われたくて子供を育てた成れの果てです。

もちろん、その人にとっての環境は家庭ばかりではありません。学校や社会も関わりますが、基本的なことを教わるのは家庭でしょう。

子供に心を開かない親に対して、心を開く子供はいないのです。

「家庭はダメだが社会は立派」ということはあり得ません。家庭が崩壊しだすと、やがて社会もおかしくなります。だからこそ、家庭が大事なのです。

モンスターペアレント」なんか「ダメ親」と定義してもいいくらいです。社会にとっても有害です。

教育が必要なのは、子供よりもむしろ親の方なのです。
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脳挫傷による見えない障害と闘いながら・・・


私の別のブログに訪問された方のブログを拝見して、あまりにも壮絶な体験が綴られていたので、紹介させていただきます。

http://tomotaroukun.blog116.fc2.com/←こちらからでも「リンク集」からでもアクセスできます。

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 昭和62年3月20日・土曜・昼の12時頃・警察から自宅へ電話で「智太郎君(仮名)の家ですか?交通事故で怪我をして 今 救急車で西島脳外科(現西島病院)に運ばれました。スグに来て下さい。」・・医者が、言うには、「頭を強く打って脳座礁(のうざしょう)です   命の保障も出来ません 脳が半分につぶれてしまったのですから・・今夜は40度以上の熱が出るでしょう 1時間おきに氷を替えてあげてください。」と  「脳挫傷(のうざしょう)」とは、頭を弁当箱に例え 弁当箱に お豆腐を入れて上から落とした場合 弁当箱は壊れなくても それを水に入れると お豆腐(脳)がバラバラに散らばってしまう その様な状態を「脳挫傷」と言うそうです。それに加え まれに見る脳挫傷と言われておりました。そして左上の肩からワキの下を通り・後ろ肩までザックリと切れてしまいました。毛細神経は、全て切れてしまい わずか皮膚と太い筋が1本残っていて・どうにか左腕が付いてる状態でした。
 24針縫うのに今にも腕が取れそうで大変だったそうです。
頭蓋骨(ずがいこつ)にヒビが入り・鎖骨(ざこつ)が折れ 肩甲骨(けんこうこつ)が折れると言う大怪我だったそうです。
脳が半分につぶれてしまったなんて・・どうしたらいいのか・・「植物人間?18歳のが・・?」  と  家族の者は、解らずにモンモンとしていましたそうです。
---------------------------------(ブログ原文そのまま)--------------------

■自分は静岡県駿東郡在 住 先月40歳になりました。 現在は建築現場監督してますが・18歳時、交通事故にて脳挫傷で1ヶ月意識不 明・・CT検査(脳の断面レントゲン)では脳が半分に・・ 人からは分かりにくい障害持ち奇跡の復帰!しかし.社会に出て絶えない苦 労ですが、楽観主義で闘ってます!よかったら自分のブログも事故発生の始めから読んでやって下さい
     ↑
こちらが私のブログへ書き込まれたコメントです。

現在「建築現場監督をされている」とのことですが、私にとっては信じられない出来事です。何故なら、私の知り合いにも事故で脳の一部を失った方がいるのですが、その方ですら会話が時々間が空くのに(その彼がそれだけ喋れるのにも驚いてますが)、社会復帰されてるなら、人には解ってもらえない苦労がいっぱいあるはずです。

それを「楽観主義で闘ってます」とのことですから、こんな方こそ「庶民の王者」だと私はいいたいのです。

私も病をかかえていますが、恥ずかしくなりました。まぁ、私のことはどうでもいいでので、皆様読んでみてくださいませ。


夏休み--子供達と向き合おう



夏休みは、子供達が「夜の世界の毒牙」に引っかかりやすい時期でもあります。いろいろな口実で外泊し、夜更け過ぎまで遊びやすくなる。その時、自分に自信の無い子ほど、化粧をして派手な格好をします。夜の世界の連中は、そこに目をつけて子供達を狙う。

かって夏休みに、親の一言でふてくされて夜の世界に入った少女が売春うを強要され、エイズウイルスに感染し発症して、17歳でなくなったことがありました。あんな辛く悲しいことは、二度と繰り返したくありません。

大事なのは、どこへ行くかを家族で考えること。計画に加わることが、家族の一員としての自分を確認することになるのです。ぜひ、親御さんには、怒鳴ったりせずにこにこと子供の話を聞く夏休みにして欲しい。そこから、子供の心が開ける。一学期に抱えていた問題もわかり、対処できるかもしれませんね。

大胆な言い方をすれば、親は子育てのプロではありません。子沢山の親でもわずか3,4人。いうまくいかないからといって「親失格」と思う必要はないのです。すべてをかかえこまず、専門の相談窓口に行くことが大事です。
非行傾向のある場合は、すべての都道府県警にある青少年サポートセンターなどで専門化に相談に乗ってもらえます。引きこもりの場合は、まず保険所に相談して下さい。保険所は心の問題にも対処し、必要に応じて専門家のそろった都道府県の精神保健福祉センターなどにつなぎます。

薬物乱用対策強化を求める署名運動を行うなど、公明党の取り組みはいつも心強い。脱法ドラッグ規制や麻薬取締官増員の実現つながりましたね。

薬物の摘発件数は減ってますが、それは警察の取り締まり体制が手薄になった結果であり、薬物乱用の実態は依然、深刻だと思います。青少年の身近なところに覚せい剤などの薬物が存在しているのです。

薬物問題で重要なのは、親、大人の側の意識改革です。多くの人々が「うちの子に限って」と無関係な問題ととらえ、タブー視する向きがあります。しかし「あり得る」と言う前提で、きちんと子供に情報を教えていかないと、イザという時に取り返しがつきません。これは、感染症のまん延が深刻な「性」の問題も同じです。

◎水谷先生の対談で、水谷先生の言葉だけ抜粋しました。「話を聞くことから心が開く」とのことです。もちろん大人でも通用することです。

もっと水谷先生から学んでいかなければいけませんね。
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人生の金メダリスト


9月6日から障害者スポーツの祭典、パラリンピックが開催されます。その走り高飛び代表で、世界でも3人しかいない「2メートルジャンパー」の鈴木徹さんを紹介します。

彼は中学・高校時代はハンドボール一筋で、大学推薦も決まっていたのですが、高校卒業前に事故により、右足のひざ下11センチから切断することになったそうです。

義足を付けたのですが、軽く走れるようになるまで1年かかったそうです。彼は前向きでした。

『もちろん周りの支えが大きな力になりました。でも、僕は何事も「自分のやる気次第」だと思ってるんです。どんなに周りが励ましても、本人が沈んでいたら道は開けない。人生を良くするのも悪くするのも自分次第。環境は自分が作るものだと思います』

という言葉に彼の生き様のすべてが語られていると思います。

彼の記録が伸びたのは、師匠である福間先生のおかげでした。かれの指導法は、基礎を繰り返す地味なものでした。「自分がもともと持っている動きをしなさい」とアドバイスをしたのです。

自分らしさを取り戻した鈴木さんは、2メートルを飛べるようになったのです。

さらに鈴木さんは、障害者スポーツの普及のためにイベントに出られたり講演もされてます。人前で話すのは苦手な事だそうですが、それが人の為になるのならと、挑戦されているのです。

『ともかく自分の力を出し切りたい。自分が力を出し切ってどこまでいけるか、ということが知りたいんです。

可能性が1%でもあれば、挑戦すべきです。夢は「持ち続ける人」「最後まで挑戦し続ける人」がつかむことができると信じています』


健常者の私でも2メートルははるかに及びません。人生に困難があってもそれに負けることなく、挑戦を続ける鈴木さんこそ「庶民の王者」と呼ぶに相応しいと思います。

彼から学ぶべき事は、いっぱいあるのです。
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庶民の王者:特別編


以前、コメントを頂いた方へのご返事が全くできず、申し訳ございませんでした。
遅くなりましたが、改めてご返事させて頂きたく存知ます。

■『"この世には「障害者の方」がいらっしゃいますよね。健常者の感覚だと、自殺してもおかしくありません。でも必死に生きてます。" と書かれていますが、どういう意味でしょうか? 私も子供も障害を持っていますが、まわりの健常者の人には自殺しておかしくないほど不幸に見えるのでしょうか? かわいそうだけど頑張っている人達と思われているんですか? 「なぜ死んではいけないのか?」の答えを探している人が障害者だったら、あなたの言葉にどれほど傷つくでしょうか。』

▽まさにおっしゃる通りです。安易な表現というか言葉足らずというか、いずれにせよ、不適切な表現であったことを、改めてお詫び申し上げます。「もし自分が障害者になったら、自殺してしまうだろう」という気持ちがあって、あんな表現になってしまいました。

しかし、私は他に障害者を馬鹿にするような書き込みはしていません(今回のは確かに表現が悪かったです)。むしろ「畏敬の念」さえ持ってます。

障害者と言われる方のほうが「心がまっすぐ」だと思っています。むしろ、「健常者の方が心が歪んだ『心の障害者』」と言いたくなる人がいますよね。例えば、不正を働く政治家や教育者や警察官などです。


いずれにせよ、障害者だろうと健常者だろうと、「自殺はして欲しくない」というのが私の本心なのです。それは私自身の病気からきています。発作を起こすと、弾みで自殺してもおかしくないので、ここ4年位、あの日飛び降りそうになった日以来、「死んだら負け、生きてたら勝ち」と自分に言い聞かせてきました。

すこしでも高いところには行かない様にしています。そうやって自殺しないように努力していたところに

■『定義を調べたわけではありませんが、 自殺未遂」というのは自殺を図ったけど助かった場合だと思います。  もしあなたが、飛び降りたけど、助かっていたら自殺未遂」と言うのではないですか? 「自殺の衝動に駆られた」り、落ちない程度に身を乗り出すことを自殺未遂とは言いません。  死を考えているかも知れない人を励ましたかったのかもしれませんが、 安易な言葉かけは逆効果の場合も多いです。』

とのコメントが入りました。これで私の苦しみの日々が続きました。薬も多く、強くしてもらいましたが、それでも苦しんでいます。

改めて伺います。「私は飛び降りなきゃいけなかったのですか?飛び降りて助からなきゃ『自殺未遂』といえないのですか?」

6階から飛び降りれば間違いなく即死です。「未遂」なんて不可能です。自殺との葛藤の中で、やっとの思いで思いとどまった人間が他の人に「自殺するな」というのが「そんなに安易な言葉かけ」なのですか?

今回のが、「私が今まで言われた言葉の中で一番酷い」です。私の生活環境の中にいる人でなくて良かったと心底思いました。


今回のは特別です。明日より、本来の「庶民の王者 偉人伝」に戻します。なお、今後も「不適切な表現があった場合はご指摘下さい」ませ。間違っているものは訂正しなければいけませんので。但し、今後も私の考え方が色濃く出るであろうことはご了承願います。
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消えゆく筋肉と生きる

「NEWS23」という番組で見ました。「遠位型ミオパチー」という病気、ご存知ですか?指先などの体の遠い部分から少しずつ筋肉が消えて脂肪に変わっていくというもので、現在の医学では原因も治療法も解らないんだそうです。


彼女の名は、<中岡 亜希>さん、かっては客室乗務員として世界中を飛び回っていたのに、その病気が原因で辞めざるを得なくなったのです。

現在では、足を引きずって、はうように移動してました。もう歩く力がないのです。そればかりか、握力もわずか1,2キロで食事も思うように出来ないのです。

患者は100万人にわずか2,3人。全国でも100人いるんでしょうか?


会社の同僚から「歩き方がおかしい」と言われて、初めて自覚したそうです。紙パックのジュースを指でひきちぎることがなかなか出来なくなったり・・・。

2001年当時25歳、それでも彼女は、告知を受けた時は本当に、絶対頑張って行きようと思ったそうです。でもそれからが本当の戦いだったのです。


最初は歩けない程度だったのが、筋肉が無くなっていく体は徐々に固くなり、それをほぐすリハビリは痛みを伴うのです。しかも、痛みに耐えて筋肉を作る努力をしても、失うスピードの方が早くて、症状を改善させることができないのです。

またこのまま進行が続けば、2,30年後には寝たきりになる日がくるのだとか。

彼女は週に2回ほどフリースクールで子供達と触れ合っていました。子供達といると自然と笑顔になるそうですが、胸の内はそうではないのです。

『不安で不安で、うん・・・。なんで私が・・とか・・普通に元気に歩いてる人とか見るといいなあとか普通に思うんです。無意識に涙が止まらない日が何回かあったりして』

そんな彼女の一筋の希望が、彼女の主治医が遺伝子技術で彼女と同じ症状を持ったねずみを作り出すことに成功したことです。そして現在、治療法の研究が進められているのです。

しかし、そこには大きな問題が立ちはだかりました。患者数が少ないため、治療薬をもし作っても採算が合わないから、製薬会社が開発しないのです。

そればかりではありません。『国からの難病と認めてもらえない』のです。患者数が少ないという理由で。

そこで彼女は患者会を作り、国に支援を求めようと署名活動を始めたのです。
18万人分の署名が集まり、法律の改正や難病指定を求めた要望書を提出するそうです。
そして公明党の議員との会合が実現し、「厚労省にも訴えていきたい」との返事をもらっています。

テレビの画面には、笑顔の中岡さんがいます。生まれて初めて祇園祭に行き、山鉾のひとつに特別の許可をもらい、おぶってもらって階段を上がりました。すると、今まで見たことのない世界が広がっていたのです。とても楽しそうでした。

私が彼女の言葉で一番心に残ったのは

生きるっていうことと死なないでいるってことは全然違うなと思ったんですよ。生きていこうって』

すごく考えさせられました。私は「死ぬぐらいなら死なないでいるほうがマシ」で線引きをしていたからです。もちろん、病気によって悩みや苦しみも違うので一括りにはできないのですが、「難病と戦いながらも明るく前向きに生きる」その姿をしっかり目に焼き付けた貴重な体験でした。


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みゅうの足パパにあげる




ご存知の方も多いと思います。24時間テレビでドラマ化されますから。

主人公の<山口 隼人>さんは、1979年、埼玉県生まれ。物心つく前から剣道を始め、中高校時代は野球をしていたそうです。日本大学在学中もサーフィン等に打ち込むなど、健康体そのものだったのです。

しかし、妻子を抱える25歳の若さで十万人に一人の難病『慢性炎症性脱髄性多発ニューロパチー (CIDP) 』に侵されたのです。

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■慢性炎症性脱髄性多発根神経炎(CIDP) 

末梢神経に障害がおこり、手足のしびれや筋力が低下して手足が動かなくなる運動障害や感覚障害をきたす病気です。

発症はゆるやかで、慢性的に進行する場合と再発・緩解(病状が一時的に和らいだり、再び発症したり)を繰り返す場合があります。その原因については明らかになっていませんが、何らかの原因で免疫反応に異常がおこり、末梢神経の髄鞘(神経の表面をおおっているカバー)が破壊されて発症するものと考えられています。

治療は副腎皮質ホルモン製剤(ステロイド薬)や免疫抑制剤の投与などの他、血液中に存在する末梢神経を攻撃する抗体や関連因子などを除去する目的で、血漿交換療法が用いられます。
-------------------- 旭化成クラレメディカル(株)サイトより-----------------

彼が受けた宣告は「二度と歩けないかもしれない」だったのです。

タイトルは絶望に打ちひしがれていた隼人さんに、娘のみゅうちゃんが語りかけた言葉から来ています。隼人さんはそれを聞いて2つの誓いを立てたのです。その誓いを胸に、難病と前向きに闘い続けている隼人さんの生命を紡ぐ闘病記が、ドラマ化されたのでしょう。

「病気が僕を選んだのですはない。きっと、僕が病気を選んだのだ!」

病気と闘った人にしか発する事のできない言葉です。困難に直面した時こそ、人は初めて「本当の姿を現す」ものなのです。





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顔面540針、後遺症抱えても笑顔の舞

 22日の北京五輪シンクロナイズド・スイミングのテクニカルルーティン(TR)で4位に入った日本チーム。水中で舞う8人の中に、交通事故の後遺症を抱えながら競技に打ち込んできた選手の姿があった。<石黒由美子>さん(24歳)。

彼女が事故に遭ったのは名古屋市内の小学2年だった91年10月3日。母、和美さんと車で帰宅する途中でした。エンジンを止め、停車していたところへ、突然暴走する自動車が突っ込んできたのです。激しい衝撃で、石黒さんの上半身はフロントガラスを突き破り、再び座席へと叩きつけたれたのです。

「由美子は血が流れて気を失った。救急車も受け入れ先をすぐ見つけられず、どうなることかと思った」と和美さん。顔面を540針、口の中だけでも260針を縫う重症。 視力と聴力に障害がのこり、足も骨折・・・命が助かったことが不思議だったのです。

医師の言葉は「顔面の神経がズタズタです。もう、笑うことはできないでしょう」

ある日、彼女はシンクロナイズド・スイミングと出会いました。網膜はく離や顔面まひの後遺症があり、一度は障害児と認定されたほどです。とてもスポーツなんかできる体ではなかったはずです。

「シンクロがやりたい!」

リハビリを兼ねて翌92年にシンクロを始めました。みんなのように体が動かないので、離れたところでぽつんと練習していました。

母にも忘れられない思いがあるそうです。娘の小学校に授業参観に訪れた時でした。

 「おーい、フランケン」

娘をこう呼んだ同級生に詰め寄ろうと思った瞬間、「なーに」と娘は明るく答えた。「本当に強くて明るくて素直な子。事故の恨み言も一切言わない。元気なのが救いだった」と母は振り返る。石黒さんは壮行会など人前に出る時は、今も笑みを絶やしません。

 競技のシンクロはみるみる成績を伸ばしました。小学校高学年の部で全国5位。07年夏、スイスオープンのソロで優勝しました。年末になって初めて日本代表に加わったのです。「誰も私が入るとは思わなかったでしょう」。ここでも会心の笑みを見せたのです。

後遺症はほとんどなくなりましたが、今も左目は完全には閉じません。石黒さん曰く

「私が頑張れば、障害や病と闘う人たちの希望になる。それが私の使命だ!!」

その雄姿は、この日誕生日を迎えた母ら家族が見守る日本へ、そして世界へ発信されたのでした。

彼女の人生を「奇跡」と呼ばずして、他にどんな言葉があるのでしょうか?「不可能を可能にした」のです。そしてそれをもたらしたのは、彼女の人一倍の努力の賜物なのです。

「庶民の王者」、偉人がまた一人いらっしゃいました。

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400メートルリレーで銅メダルが取れた理由

今回は本の紹介をします。

北京オリンピックで、男子400メートルリレーで、見事に銅メダルを獲得しましたよね。何故だと思いますか?

もちろん、アメリカイギリスなどが予選落ちした、と言ってしまえばそれまでなのですが、バトンの正確な受け渡しができるかどうかも、リレーの大事な要素なのです。

この本は400mリレーに賭けるアスリートたちを世界陸上2007から北京オリンピックまで取材し、その選手たちのドラマを書き下ろしたものです。

『100m10秒を切れない選手が100mを4人でバトンを継げば、平均して10秒を切ることができる』

この技術こそが、銅メダルを取れた最大の要因なのです。

詳細は、本を読まれてみて下さい。


夏から夏へ楽天ブックス

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「現地行かなければ何も始まらない」

伊藤さん入会動機全文
アフガン邦人拉致
 ペシャワール会は27日、伊藤和也さんが2003年6月に書いたペシャワール会への入会動機を記した文章を公表した。全文は次の通り。

           ◇

 私がワーカーを志望した動機は、アフガニスタンに行き、私ができることをやりたい、そう思ったからです。

 私が、アフガニスタンという国を知ったのは、2001年の9・11同時多発テロに対するアメリカの報復爆撃によってです。

 その時まで、周辺国であるパキスタンやイランといった国は知っているのに、アフガニスタンという国を全く知りませんでした。

 「アフガニスタンは、忘れさられた国である」

 この言葉は、私がペシャワール会を知る前から入会している「カレーズの会」の理事長であり、アフガニスタン人でもある医師のレシャード・カレッド先生が言われたことです。今ならうなずけます。

 私がなぜアフガニスタンに関心を持つようになったのか。

 それは、アフガニスタンの復興に関係するニュースが流れている時に見た農業支援という言葉からです。

 このこと以降、アフガニスタンに対しての興味を持ち、「風の学校」の設立者である中田正一先生の番組、偶然新聞で見つけたカレーズの会の活動、そして、カレーズの会の活動に参加している時に見せてもらったペシャワール会の会報とその活動をテーマにしたマンガ、それらを通して現地にいきたい気持ちが、強くなりました。

 私は、関心がないことには、まったくと言っていいほど反応しない性格です。

 反応したとしても、すぐに、忘れてしまうか、流してしまいます。その反面、関心を持ったことはとことんやってみたい、やらなければ気がすまないといった面があり、今回は、後者です。

 私の現在の力量を判断すると、語学は、はっきりいってダメです。農業の分野に関しても、経験・知識ともに不足していることは否定できません。ただ私は、現地の人たちと一緒に成長していきたいと考えています。

 私が目指していること、アフガニスタンを本来あるべき緑豊かな国に、戻すことをお手伝いしたいということです。これは2年や3年で出来ることではありません。

 子どもたちが将来、食料のことで困ることのない環境に少しでも近づけることができるよう、力になれればと考えています。

 甘い考えかもしれないし、行ったとしても現地の厳しい環境に耐えられるのかどうかもわかりません。

 しかし、現地に行かなければ、何も始まらない。

 そう考えて、今回、日本人ワーカーを希望しました。

 2003年6月15日

-------------------(2008年8月28日01時31分 読売新聞)----------------------

口先だけなら誰でも何とでも言えます。しかし、安全な日本ですらボランティア活動ができない人が多いのに、まさに「命がけで善意の行動をしていた」伊藤和也さんは、「菩薩・仏」と呼んで恥じないのではないでしょうか?

何故なら菩薩とは、「皆が幸せになるまでは自分は成仏しない」と請願を立てた、と仏典では説かれているからです。

それにしても、悪人は生き延びるのに、善人は不慮の死を遂げなければいけないなんて、理不尽すぎませんか?

伊藤和也さんのご冥福をお祈りするとともに、間違いなく来世では、裕福な人生を送れる人として生まれ変わってくることと、私は確信しております。

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ベストサポート
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少年の目 輝く明日をつくろう


 子どもたち、君たちは、鎌田實(みのる)さんという医師を知っていますか。鎌田さんは、長野県の諏訪で長く地域の人たちの医療にかかわってこられた、素晴らしい医師です。私の大切な友人の一人です。

 彼は、長く、チェルノブイリの原子力発電所の事故による、放射能汚染によって、その後遺症に苦しむ子どもたちに医薬品を送ったり、直接その子どもたちの治療にあたったり、また、アフガニスタンやイラクで、戦争や地雷により傷つけられた子どもたちの治療に現地へとたびたび向かったりと、世界の苦しむ子どもたちのために、休む間もなく活動を続けておられます。

 私は、先日久しぶりに鎌田先生とお会いしました。数日後には、イラクにたくさんの医薬品を持って向かい、しばらく向こうで、子どもたちや大人たちの治療にあたるという、忙しいときに時間をつくってくださいました。その時、彼は、一枚の写真を私に見せてくれました。アフガニスタンで地雷によって片足を失った少年の写真です。そして、私にこう話してくださいました。

 「水谷さん、この子は、自分の家の近くで遊んでいて、埋められていた地雷を踏み、こうして片足をなくしました。ドイツの医療チームが治療し、いのちをとりとめました。水谷さん、彼の目を見てあげてください。輝いているでしょう。この写真は、彼が、治療を受けているドイツで撮ったものです。彼はね、この時、こう言っていました。『僕は、将来医師になるんだ。そして、僕のように、苦しむ子どもたちを一人でも多く助けるんだ』と」。鎌田先生に見せられた少年の目には、明日への希望と夢が輝いていました。

 子どもたち、今日は少し鏡を見てみませんか。そして、自分の目をじっと見つめてみましょう。どうですか、輝いていますか。私は、鎌田先生から、アフガニスタンの少年の話を聞いたとき、少し哀(かな)しくなりました。それは今、日本で、特に私が活動している夜の世界で、君たち子どもたちの中に、明日のために輝く目を見ることが少なくなっていることに気付いたからです。

 今、日本の多くの子どもたちの目から、明日を夢みる輝きが失われています。それは、当然君たち子どもたちに問題があるからではありません。私たち大人がつくってしまった、今の社会が、閉塞(へいそく)的で病んでいるからです。

 子どもたち、それでも明日は来ます。君たちの中には、無限の明日への可能性が秘められています。お願いです。子どもたち、過去や今につぶされないで、明日を夢みよう。過去や今は変えられないけれど、明日はつくれます。笑顔で目を輝かせ、明日のために生きよう。
--------------------------(中日新聞2008年5月26日)-------------------------
テレビで見るたびに思います。「なぜ貧しいはずの子供達の目は輝いているのだろうか?」って。日本人の子供たちの目を見てもそう感じさせる子っていませんよね。

彼らにとって「生きること自体が闘い」だからなんじゃないのでしょうか?日本の子供達は、そんな思いをして生きている人は限られているんじゃないでしょうか?

むしろ、「生きる意味や希望を見失ってる、悩んでる」子が多いような気がします。だからこそ、スポーツや吹奏楽などの一流校の考えられないひどの厳しい練習風景を見せられると、ものすごく感動してしてしまうのです。

「本気で生きてる人間の姿は美しい」と思います。むしろ大人の方こそ、出来ない、やらない言い訳が多くて輝いていない人が多いのかも知れません。子供達の目の輝きを失ったのは、そんな大人達を見たせいだったとしたら、我々大人の方がわが身を正さなければいけませんよね。

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